10年目の結婚 (10 Year Anniversary Wedding)

第一章「準備編」母へのカミングアウト①

「親というものは子供を心配するあまり、常に最悪のシナリオを考えておくものなのよ。」

僕が大学を辞めたいといったとき、留学を決めたとき、東京に住むと決めたとき、聞いたこともないベンチャー企業に就職をきめたとき・・・。母は、常にそう口にした。そして母の場合は、その最悪のシナリオを胸にとどめず、迷いなくぶつけてくる性格だった。

なので、自然と事後報告パターンが多くなる。必ず、反対されるとわかってるからだ。

そのたびに、僕のセリフは決まっていた。

「日本の大学卒業したら、何してもいいって言ったよね?」

日本に帰国して、東京、そして湘南と何度も引っ越しをしてきたが、そのたびに母は家に遊びに来た。おそらく生存確認の意味もかねて。

僕たちは、7年前に本格的に同棲を開始し、東京の高円寺にあるアパートに住んでいた。

その時もそのアパートに引っ越したばかりで、母がどうしても家を見てみたいということで、「シェアメイト」のMikeがいない間に、しぶしぶ招待することにした。

夕方に到着するということで、そわそわして待っているがなかなか現れない。結局、到着したのが夜も随分経った頃だった。一通り家中を物色され(ダブルベットを置いている「シェアメイト」の部屋はプライバシーと理由で、見せなかった。)、居心地も悪いので、外でご飯を食べようと玄関に向かった時、ドアが開きMikeが帰ってきてしまった。

明らかに動揺の色を隠せない2人。ぎこちなさすぎる時間が過ぎていく。慌ててMikeを紹介する自分。突然すぎて言葉を失うMike。そして、なぜか片言の「日本語」を話しはじめる母。

それが、母とMikeとの最初の出会いだった。

母は、その時ことをよく覚えていて、酔っぱらうといつも同じ話をくりかえす。「あの時、Mikeとはじめて会って、とても安心したわ。シェアメイトとしての紹介だったけど、Sojiが一緒に住む人が、清潔で感じが良くて、直ぐにMikeの事を好きになったわ。Sojiは、本当にだらしなくて、一緒に住むには大変な奴やから。」

母は、いつもMikeを上げ、僕を下げることを決して忘れない。

それ以来、実家にはMikeと一緒に帰省するようになった。あくまで、仲のいいシェアメイトとしてだったが、一緒の時間を過ごすことができるようになったことは大きすぎる一歩だった。

そして、2015年の夏。僕は、母親に自分のセクシャリティをカミングアウトすることに決めた。

(写真は、その当時の鉢合わせた高円寺のアパート。TVに時代を感じる。)

)

名前に謎の英語ミドルネームが入ってますが、100%純粋な日本人です。京都出身で、現在は湘南エリアにアメリカ人のパートナーと愛犬さし美と暮らしています。

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