結核隔離入院ダイアリー

はじまりは突然に

時の始まりは、約1か月前まで遡る。それは、約2年ぶりの人間ドッグだった。

それまでは、都内の設備の整った医療機関での健康診断に慣れていた僕は、昨年のオフィスの引っ越しに伴い、今回は神奈川の病院にお世話になることになった。非シスマテックな流れにあきれながらも(何度も生年月日を聞かされる点とかね)、いつものように事務的に各工程をこなし、さ、終わったと思った矢先、いきなり小部屋に呼ばれた。

「肺の右側に、影があります。至急、詳細な検査が必要です。」

ドラマのワンシーンのようなそんな現実がまさに目の前にあった。

影。。。肺がん?

再検査は、同じ市の呼吸系を専門とする先生がいるという病院で翌日行われることになった。

そこで、僕は生まれて初めてCTスキャンを受けた。その結果、結核の疑いがあると診断された。但し、その病院では結核を証明することができないということで、また他の病院を紹介します、とのことだった。(これが、有名なたらい回しか。。)

そうして、神奈川県の丘に佇む某循環センターに足を踏み入れることになる。ここで、一か月も隔離されることになるとは、その当時誰が予想しただろうか。

そこで、まずは淡の検査が行われた。といっても、咳やくしゃみの症状が全くない自分。むしろ、今年の2月から始めた肉体改造計画のおかげで、人生で一番健康なんじゃないか?と思っていたので、淡なんて出るわけがない。と、そこで食塩水を霧状で吸い込み、淡を人工的に作り出すという、今までお世話になることはなかったであろう機械が登場する。

無理やり出した淡。その結果が後日出た。陰性だった。

ほらね。と自慢げに医者に言い放った。症状も無いこんな元気な自分に結核菌が出てくるはずないという自信がまだそこにはあった。

僕は既にその時、三週間の海外出張が決まっており、その直前の仕事やミーティングが立て続けに決まっていたので、正直検査をゆっくり受けている暇は全くなかった。

「次は、胃酸を取ってみましょう。それで、検出されなかったら胃カメラですね。」

なるほど。もはや、結核菌があるって100%信じ切っているのなら、早く薬を出してくれって。でも、そういうわけにもいかず何らかの形で検出されないと、薬も投与できないという。

結局、海外出張の前日に胃酸を取ることになり、結果を聞かずに日本を旅立つことになった。帰国翌日の朝に検査結果を聞き、その結果により通院による薬物投与が始まるということだった。

海外の三週間は、なるべくこれについては考えないように過ごした。インドネシア、シンガポール、スコットランド、フィンランド、ルーマニア、スウェーデンで待ち受けていた仕事を淡々とこなした。その際も、日頃続けている筋トレを続け、なるべく食生活もコントロールできるときは気をつけた。途中、パーソナルトレーナーのWeb電話もさぼらず入れた。

そして帰国後の翌朝、予定通り検査の結果が出た。

胃酸から結核菌が陽性と判断されたのだ。これで、僕は晴れて(?)公式に結核患者となった。

2年間人間ドッグをさぼっていた自分は、いつ、どのタイミングでこの菌を体に入れてしまったのかは正直わからない。でも、どういった経路だったとしても、この現実を受け止めて、6ヵ月間真面目に薬を毎日飲もうと決心した。

直ぐに結果をマイク、そして母に告げた。経過を話していなかった母は、もっと深刻な事態を予想していたらしい。母親とはそういうものなのだ。結核と聞いて、逆に少し安心したという。そして、自信も幼い時に結核を患い、毎日お尻に注射していたというまさかのカミングアウトを受けた。

オフィスに3週間ぶりに戻り、その旨を社員に告げた。今朝、結核菌が検出されたこと。自身に咳やくしゃみなどの症状が全くなく、毎日薬を飲む生活が始まること以外は何も影響がないこと、一番近くにいるマイクが念のため検査を受けることにはなること。を淡々と伝えて、あくまで陽気で振る舞った。特に若い子や外国人の人にとって、「結核」自体馴染みのある病気じゃないので、正直どこまで理解していたかはわからないけど。

明日から飲む薬は、肝臓に副作用があるということで、お酒は控えるようにと言われてた。これが一番自分にとってはつらかった(もちろん、この先起こることを思えば、6ヵ月の禁酒なんて全然平気なんだけど。。。)3週間ぶりに帰国したということで、その日はマイクと近所のイタリアンに「最後の晩餐」を予約していた。

そして、それは帰路の車内で起こった。

その日も溜まっていた仕事に没頭していた僕は、検査結果を聞いて病院を後にしてから何度も医者そして保健師から電話があったことに気づいていなかった。

車内で、ハノイにいるチームにも伝えないといけないと思い、Slackでその旨を伝えようとしていた時、病院からの着信があった。

それは、この37年の人生で一番インパクトのある電話だった。そして、その電話が全てのはじまりだった。

「明日から、最低でも一か月間隔離入院する必要があります。」

それは、あまりにも突然で事務的な冷たい宣告(に聞こえた)だった。

なぜ?

今朝は通院で6ヵ月の薬漬けの生活で言ってたのに。なんで、いきなり隔離入院。それも一か月。37年間の人生で1度も入院もしたこともない自分にとって、まさに青天の霹靂とはこのことだ。

結核菌。これが、時差ボケで弱り切っていた僕の淡から検出されてしまったらしい。

「明日の10時に裏口から入り、入院の手続きをしてください。」

携帯を持つ手が震えた。事態を察知したマイクも隣で息をのむ。

何から聞けばいいかわからず、とりあえず電話を切った。

赤紙。。。その時、僕は経験したことのない赤紙を受け取ったような感情ってこういうことなのかな。ってなぜか一瞬客観的に自分を見ていた。

こんなに健康なのに、なぜ。

名前に謎の英語ミドルネームが入ってますが、100%純粋な日本人です。京都出身で、現在は湘南エリアにアメリカ人のパートナーと愛犬さし美と暮らしています。

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