10年目の結婚 (10 Year Anniversary Wedding):プロローグ

「生涯で1番忘れられない一日」を問われたら、父が亡くなった日と答えようと思っていた。朝、母から電話がかかってきて、祖母を連れて雨の中タクシーで向かって、既に意識のない父と対面した。その日一日の空気感は今でも覚えている。憔悴しきった母の背中や息子を失った祖母が捧げる祈り。葬儀屋の顔。病院の屋上に広がる雨雲。そんなグレイな一日に、僕は数少ない家族を一人失った。200166日、大学2年目の19歳だった。

それからまもなくして、祖父母が亡くなり、これからは自分の家族は少なくなっていく一方だと覚悟を決めた。

そして、僕は大人になった。

父を亡くして、その当時通っていた地方の国立大学に通う事ができなくなった僕に対して母はこう言った。

「大学さえ卒業してくれたら、あなたの人生何してもいい。だからお願い。卒業だけはして。」

先日この話を母にしたら、自分は憶えていないと言われたが、この言葉がなぜかその後の僕の生き方を支えた。何をしてもいいんだって。

日本の大学を卒業し、就職活動もせずオーストラリアに留学した。3年間の留学生活で、僕は一つの現実を受け止めた。というか、受け止めるしかないとあきらめることができた。

「自分はゲイで、これからは世間の人が「普通」という人生を歩むことはない。」

そして、ストレートの友達数人に初めてカミングアウトをした。それは仲のいい友人にありのままの自分を受け止めてほしいといった気持ちというかむしろ、自分に対する決意表明だった。

「将来、パートナーと呼べる人と出会えたら、家族に自分の事をカミングアウトして、結婚したい。」

友人達にそんな夢を高らかに宣言して、2007年の春に留学生活を終え、日本に帰国した。

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あれから10年という月日が経ち、僕はハワイのノースショアとある場所に立っている。

隣にはパートナーのMike、両脇には着物姿の母とセクシードレス着こなすMikeのママ。そして、前方には真っ青な空と海、ウェディングアーチ、そして友人や家族の姿が見える。

ウクレレの曲が、「Somewhere Over the Rainbow」に変わる。

始まりの合図だ。

Somewhere over the rainbow
Way up high
There’s a land that I heard of
Once in a lullaby

虹の向こうのどこか空高くに
子守歌で聞いた国がある

Somewhere over the rainbow
Skies are blue
And the dreams that you dare to dream
Really do come true

虹の向こうの空は青く
信じた夢はすべて現実のものとなる

僕たちはぎこちなく歩きだす。4人で歩いたアーチへの道のりは、10年前に願った「そこ」への道だった。

Some day I’ll wish upon a star

And wake up where the clouds are far behind me

Where troubles melt like lemondrops

Away above the chimney tops

That’s where you’ll find me

(いつか星に願う

目覚めると僕は雲を見下ろし

すべての悩みはレモンの雫となって

屋根の上へ溶け落ちていく

僕はそこへ行くんだ)

201788日「生涯で1番忘れられない一日」が始まった。

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